合わない仕事のストレスで休職。
逃げる選択をした社会人4年目の夏。

2021年8月19日

こんにちはさやかです。

今日は私の転機の一つともなったお話しをします。

これまでずっと続けてきた事もなければ
やりたいこともなかった私が
引かれたレールを初めて踏み出したときの話です。

目次
1.またま採用されたたった1社での葛藤の日々
2.無理がたったっての休職
3.立ち止まって気付いたこと
4.3度の転職と転機


1たまたま採用されたたった1社での葛藤の日々

私は大学を卒業後、
約4年半、保険会社のSEとして働いていました。

大学生の時に就活サイトに登録したときに
やってみた適職診断で「SE」が必ず入っていたことから
興味を持っただけで
たまたま就職できた仕事でした。

SE=激務と想像される方も多いと思いますが、
私の場合もご多分に漏れず
社会人3年目になったあたりから
徐々に激務となってきました。

親会社が統合するため、
システムも2社のものを1つにする必要が出たので、
会社を上げた大プロジェクトが立ち上がったからです。

満員電車に揺られ、朝8時すぎには会社に着き
深夜1時頃まで仕事をしていた日もありました。

リリースしたシステムに不具合が出たときは
休日出勤もありました。

この数年間は
睡眠時間もまともに取れず
でも仕事だけは毎日たんまりと溜まっていて
帰宅後や休日にも仕事のことばかり
考えていた日々でした。

でも、そんな生活が続いたある日
家を出るときにおなかが痛くなったり、
急に仕事中に耳鳴りが出し、
激しい動悸が私を襲ってきたのです。

また残業で帰宅後は電車の中でも
ふいに涙が出てきたりと
かなり精神的にもまいっていました。

「なんでこんなことやってるんだろう・・・」

「私ってただの会社の歯車だよね、、、」

「私じゃなくても、もっとやる気があって
スキルもある人がやる仕事だよね・・・」

「〇〇さん指示しないと動いてくれない、、
ちょっとは手伝ってよ!」

頭の中にはネガティブな思考しかありませんでした。

時には帰宅後夕飯を作って待っていてくれた両親の前で
つらさのあまり号泣してしまったりと、
両親にもかなり心配をかけていました。。

仕事中でも蕁麻疹が出てくるなど
さすがにこれはおかしいと思い、
あるとき心療内科に駆け込みました。

お医者さんからは「適応障害」と診断され、
翌日から休むように言われたのです。

私を苦しめていたのは
日々の残業での身体的負担だけでなく、

興味を持てなかったシステムの仕事、
余裕をもってスケジュール通りやりたい私の性質とは真逆だった仕事、
他部署やお客さん、後輩、同僚等様々な人からの板挟み

様々な要素での精神的負担が
のしかかっていたことでした。

正直このままじゃ自分が壊れてしまう…
と思っていたので
お医者さんからの診断は
とてもホッとしたのを覚えています。

2無理がたったっての休職

朝から深夜まで働いていた私の生活は
次の日から一遍しました。

朝いつもの時間に起きても
会社に行かなくて良くなった私。

朝ごはんを食べて食器を洗って
仕事に行く父親、
パートに出る母親を見送り
シーンとしたリビングのソファに
身をうずめると

昨日までのことがフラッシュバックのように
頭によぎります。

「途中だった仕事、どうなったかな…」

「後輩はちゃんとやってけるかな…
突然私が休みになったからショックを受けてるだろうな。。」

「みんなにも迷惑かけちゃってる・・・
心許せる同期のみんなにもなんて言おう。。」

しっかり者でお姉さん気質の先輩。

見た目は怖いけど実は天然のおじさんの先輩。

厳しいけど人一倍かわいがってくれたリーダー。

ちょっととぼけてるけど質問したら優しく答えてくれる
一年上の先輩。

お互いできない同士で一緒に配属になって
何かと心の支えになってくれた同期の男子。

研修のときから意気投合して
週末には必ず飲みにいった仲良しの同期。

思えばいつも私の周りには
支えてくれた仲間がいたんだ。

無駄に真面目で責任感が強かった私は
仕事のこと、職場のみんなの顔が思い浮かんでは
申し訳ない気持ちでいっぱいになっていました。

それと同時に
「これからの自分の人生一体どうしていこう・・・」

「やりたいと思うこともないし、
できることだって、この会社でしかない。。」

「つてもないし、転職もできるのかな。。」

「でも今のこのボロボロの私じゃ
どこも採ってくれないんじゃないか・・・」

そんなことを考えていると
絶望と不安がどんどん押し寄せてきて
気付いたら涙がボロボロとこぼれて止まりませんでした。

3立ち止まって気付いたこと

小学生の頃から続いた習い事もなくて
大人しくて消極的だった私。

学校でも授業中に手を上げることなんて
ゼロに近かった。

運動神経も良くなくて体育も苦手で、
家庭科も手先が不器用すぎて大嫌いだった。

何かやりたいこともなくて
毎日の習い事は自分がやりたいと言ったものは
一つもなくて、

ただただ将来困らないからと親が選んだ習い事に
しぶしぶ通う日々。

行きたくなくて泣いても無理やり連れていかされてたから
途中から無駄な抵抗はやめて
いつも親に言われた通りにしてきた。

必死に頑張って勉強して入った大学では
特に目標もなく
友達もほとんどできなかった
全然楽しくなかった学生時代。

サークルにも入りたかったけど
タイミングを逃してバイトばかりしていた。

そんな目標もなく、
ただ引かれたレール上を1日1日タスクをこなすように
歩んできた私にとって、
早く社会人になって自立することだけが楽しみだった。

そんな楽しみにしていた社会人生活の準備である就活も、
100社以上受けてたった1社しか
受からなかった。

だけど無理やり自分を納得させて入った会社。

自分で働いてお金を稼ぐって
こんなに大変だったんだ

毎日仕事してくれてる父親ってすごいな
って思わせてくれた社会人一年目。

心底やりたい仕事ではなかったけど
私の社会人としての土台を作ってくれた。

研修では同期で最下位の成績をたたき出した
どうしようもない落ちこぼれの私でも

目の前の仕事をひたすらにやっていたら
上司や先輩から信頼してくれるようになった。

恵まれた人間関係と
恵まれたお給料。

ここにいればきっと生涯安泰なんだろうと思った。

世間から見てもきっと羨ましがられる環境だった。

だけど、環境がいかによくても
自分の心は騙せないって私の身体が教えてくれた。

ずっと無視していた身体の声。

耳鳴りとか動悸とか
お腹が痛くなることとか
全部危険信号だったんだなって
今ならわかる。

帰りがいつも遅い私のためにも
ご飯を毎日作って待っていてくれた母親。

寝てていいのに私が帰ると
わざわざ起きてきてくれて
「お疲れ様。大変だったね」と声をかけてくれた。

私の愚痴も飽きずに聞いてくれた。

そんな一番心配してくれてる家族のことも
心配させちゃいけないと心に誓った。

無理はしない。
そして自分のこともちゃんと大事にしよう
って決めた。

4 3度の転職と転機

それから私はめちゃくちゃ単純だけど
自分の時間がちゃんと取れる仕事に転職した。

1社目の経験が活かせる仕事も考えたけど
当時の私はとにかくワークライフバランスの
取れる会社であることが優先だった。

だけど今度は誰でもやれる仕事すぎて
自分の存在価値が見いだせなかった。

そしてそれ故にお給料も1社目と比べると
ガクンと減ってしまった。

当時付き合っていた今の夫と結婚したのも
この時期だったのでお金も必要だった。

結婚後は子供も欲しかったので
育休・産休がちゃんと取れる会社を
重視して再度転職した。

3社目は自由なベンチャー企業だったので
私の性格にも合っていて
ここで宣言通り出産。
育休も取らせてもらった。

だけど今度は家を購入したことで距離的に
通えなくなり、息子1歳の時に再度転職。

ここで再度メンタルを病んでしまうそうになる
とは当時の私は全く知らなかった。

これまでの経験を踏まえて
システムを自治体に導入する営業企画の仕事に
就いた私。

引っ越し先は都内からも離れていたので
求人が極端に少なく、
さらにワーママで時短で働かせてくれる会社は
数える程しかなかった。

わがまま言ってられないと
時短で働かせてくれる会社になんとか入った。

入社当初は良かったけど
だんだん仕事も任されるようになって
あるプロジェクトを社員たった一人で
担当することに。

リリース月の数か月前あたりから、
子供の寝かしつけが終わったら深夜まで
仕事をする生活が続いた。

(ワンオペだったので
夫の手は全く借りられなかった。。。)

一人で担当していたことで
失敗してはだめだっていうプレッシャーと
終わらない、間に合わないという焦り、

上司に相談しても終わってないことも
終わったと報告させられ、

SEの人とも折り合いが合いづらくなるなど
私は再度精神的にも身体的にも追い込まれていた。

会社の体質がかなりブラックだったことに
ここになって気付く。

でももう転職も3回もしてるし
小さい子供がいながら時短で採ってくれる
ところなんてないんだろうな・・・

しかも都内じゃなくてここは千葉。。
都内に比べたら求人はめちゃくちゃ少ない。

ここを辞めたら希望に合う条件の
会社はきっと見つからない・・・

だけどお客さんに噓をついて
仕事を進めるような会社では
働きたくないと強く思った。

そんなとき
転機となるネットビジネスに出会った。

ブログで情報発信をして
自分の商品を売ってかなり自由に楽しそうに
暮らしてる人たちを知って

これだったら私でもやれるんじゃないか?
と思えた。

思えば
会社に雇われることによって
毎月決まった額のお給料が
振り込まれる保証はあるけど

その分入ってみないとどんな人が
いるかわからないリスクもあって
無駄に人間関係で悩むことだってある。

そして時には自分がしたくない仕事
をしないといけないことだって
往々にしてある。

会社の雰囲気だって、
数回の面接だけじゃなんとなくしかわからない。

私みたいに実際に入って1年ぐらいして
やっと本質がブラックな会社って気づく
こともある。

それに対してネットでビジネスするって
お金もほぼかからずにできる。

リスクも最低限で始められるし
ネットを調べてみると
私のような人たちもいっぱいいることを知った。

自分のこれまでの休職した経験や
母親になって仕事との両立に苦しんだ経験なんかをもとに
誰かを助けることができるんじゃないか

そう思うと不安だらけでどん底だったのが
すごく希望が湧いてきた。

30歳にして3度の転職経験があった私。

転職エージェントの人にも
「この年齢で3回の転職経験はギリギリですね」
と言われたこともあった。

まさかこんなに自分が職を変えるなんて
思ってもみなかったし、
息子も育てていかないといけない。

だけど何社か経験してもこれがしたい
っていう仕事がなかった私。

だけど無理せずに
自分にしかできない仕事がやりたい
って気持ちは人一倍持っていた。

無理して自分を犠牲にして
興味のない
合わない仕事をやったことでの
代償は自分が一番理解していた。

そして過去の私のように
苦しむ人を救いたいって気持ちも
心にずっとあった。

ここからが私のビジネス人生の始まりだった。

PS.

もしあなたも働き方や職場の環境、仕事に悩んでいて
苦しい、つらいと思っていたら

私でもいいのでぜひ誰かに
胸の内を話してみてください。

私自身忙しいことを理由に
全部自分で抱えてしまって
自爆してしまいました。

身体を壊してしまうと
すぐには以前のように元気になれない
っていうのは身体を壊したことのある
私だからこそ身をもって知っています。

どうか自分の身体の声をきいて
自分を大切にしてください。

そして私みたいになる人が
少しでも減るように願ってます。

副業を始めたい方に向けた無料メルマガ

無料メルマガもやってます!
期間限定で下記の特典もご用意しています。

*************************
特典①
「等身大の私で副業するための必須前提知識」動画

特典②
「自分だけの副業ネタ探しシート」
*************************

ご登録はこちらから!

マインド

Posted by sayaka